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薬剤耐性Antimicrobial Resistance(AMR)について

「薬剤耐性」とは細菌などの病原微生物に対し抗菌薬が効かなくなることを意味し、そのような耐性を獲得した細菌を「薬剤耐性菌」、そしてその感染症を「薬剤耐性菌による感染症」と呼んでいます。2020年以降、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染爆発による世界的なパンデミック(汎発流行)が大きな問題となっていますが、薬剤耐性菌による感染症も医療機関や市中感染で増加しており、「サイレント パンデミック1」(静かな世界的汎発流行)としてその脅威が警戒されています。薬剤耐性菌に起因する死亡者数は2050年までに全世界において現在のがんによる死亡者数より多い1,000万人に上ると推定2されています。ここでは、近年問題となっている薬剤耐性菌などに関してご紹介させて頂きます。我が国においても国の重要施策として2016年に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020」が策定・公表されています。

1. 薬剤耐性菌の歴史と薬剤耐性機構

抗菌薬が次々と開発され、積極的に感染症の化学療法に使用された結果、1950年代半ばまでには感染症による死亡は激減しました。その一方で抗菌薬が普及し始めた1940年から5年もたたないうちに薬剤耐性菌が出現し、それ以降、抗菌薬の開発に伴い様々な耐性菌が次々と見つかってきました。一例として、ベンジルペニシリン(PCG)耐性菌に有効なメチシリンが1960年に使用され始めると、1962年にはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が出現しています。このように薬剤耐性菌に有効な抗菌薬の開発と、新たな薬剤耐性菌の出現が“イタチゴッコ”を繰り返していることも実際には問題になっています。

抗菌薬の効力をなくす分子レベルでの薬剤耐性機構は、抗菌薬の種類(クラス)によって異なっています。具体的には、(i) 抗菌薬が有する特徴的な化学構造の一部を分解し、抗菌活性を消失させる機構、(ii) 抗菌薬が作用する微生物側の標的分子が構造上の変異を起こし抗菌薬が作用しにくくなる機構、(iii) 耐性菌が保有する薬剤修飾酵素が抗菌薬の化学構造を修飾変化させ抗菌活性を消失または減弱させる機構などが知られています。

2. 何故、薬剤耐性菌が出現するのか?

抗菌薬の不適切な使用、例えば、有効性のない抗菌薬の服用や自己判断による抗菌薬の服用期間及び服用量の変更などが、耐性菌が出現する原因と考えられています。

我が国においては、MRSA、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)が広がり、現在も医療機関において大きな問題となっています。病院内で分離される黄色ブドウ球菌に占めるMRSAの割合は1984年には6.2%でしたが1987年には58%へと急増3しています。また、海外と比較した場合、我が国のPRSPが他国に比べて高度に耐性化4されています。さらに最近では、医療機関での薬剤耐性菌による院内感染に加え、市中感染型の薬剤耐性菌による感染症が増加する傾向にあります。

3. 薬剤耐性菌に対する感染対策

薬剤耐性菌による感染症に関する対策は、耐性菌の出現と蔓延を防ぐことが重要です。そのためには、①処方された抗菌薬を正しく服用すること、②家畜や魚介類の養殖に大量に用いられている動物用抗菌薬の使用量を制限すること、そして③医療現場において、標準予防策を実施することなどが求められています。

4. 薬剤耐性菌に関連する我が国における課題

新しい抗菌薬の研究開発:薬剤耐性菌に有効な新たな抗菌薬の研究開発は我が国のみならず世界的にも大きな問題を抱えています。感染症に対する治療薬やワクチンは平時には市場性が低いため、新薬開発の優先度は低くなりがちです。さらに、抗がん剤や生活習慣病の薬など他の疾患に対する治療薬と異なり、抗菌薬の場合は投与期間が短いために、研究開発を担う製薬企業が抗菌薬の研究開発に投資しにくい状況です。

もう一点は新規な抗菌薬の研究開発の出発点となるようなシードの発掘に関する課題です。ペニシリンに始まる抗菌薬の歴史は、天然(の微生物など)から単離される抗生物質と、それらをさらに化学的に修飾した(半合成)抗生物質が大きな割合を占めるので、シードとなる天然物は特に重要です。有用な天然物を単離するためのシードが世界的にも枯渇している中にあって、我が国の製薬企業は天然物創薬を益々敬遠する方向に動いていることは感染症の分野から考えても心配です。

抗菌薬の適正使用:抗菌薬の適正使用が薬剤耐性菌を出現させないためにも重要な手段の一つとなり得ます。各医療機関においては、感染制御チーム(ICT)だけでなく、現在では抗菌薬適正使用支援チーム(AST)を設置することが推奨されていますが、設置機関が少ないのが実情です。

5. 薬剤耐性菌対策に向けた北里環境科学センターの事業方針

薬剤耐性菌対策にも役立つ、以下の様々な評価試験を受託しています。
ご関心のある方はメールアドレス「info@kitasato-e.or.jp」よりお問い合せ下さい。

①抗菌薬感受性試験
②衛生関連家電製品の機能性評価試験
③院内及び市中環境の細菌検査と衛生的改善策の提言
④薬剤耐性菌や病原微生物に対する各種材料や植物成分の抗菌活性評価試験

6. 参考文献

1)舘田一博, JPMA News Letter, No. 201, 2 (2021)
2)Jim O’Neill, Review on Antimicrobial Resistance, was commissioned by the UK Prime Minister David Cameron
  on May 14, 2015
3)小林寛伊, 感染と消毒, 13, 71-73 (2006)
4)Antimicrobial Resistance: Global Report on Surveillance 2014, WHO

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